ワインの個性を表す「Typicité(ティピシテ)」とは?
私は現在フランスの南西地方にある、ボルドー第2大学醸造学部のDUADと呼ばれるワインの官能評価適正認定基準の講座を受講しています。
ボルドー大学には第1大学から第4大学まであり、Institute des Sciences de la Vigne et du Vinという葡萄とワインの科学研究所から始まりワインに関連するほぼ全ての教育、研究機関が集結しています。
DUADは、ワインの官能評価方法そのものだけではなく、結果として現れるワイン香味特徴の起源、由来まで総合的に評価可能な知識と経験を身に着けることを目的とした講座で、毎回、講義、及び講義内容に関連した試飲がセットで行われています。この講義は非常に科学的で、暫く目にしていなかった化学式を見ては常に頭を悩ましています。
私たちDUADのコースを受ける生徒たちが頻繁に聞く言葉があります。
それは“Typicité”(ティピシテ)という言葉です。 このティピシテというフランス語は、直訳をすると「特徴、個性」という意味が当てはまります。言い換えると、「その土地らしさ、その品種らしさ」を表す意味になり、それは「典型的」であり「らしさ」であります。
このティピシテという単語は通常会話で使われることがなく、ワイン関連の内容にしか使えません。
ティピシテはワインをよく飲まれる方達の「らしさへの期待値」という役割から始まり、ソムリエやワインテイスターが行うブラインドテイスティングの「鍵」でもあり、フランス産のワインのラベルでよく見かける“AOC”(アーオーセー)と呼ばれる産地原産地統制名称制度の中では、合否を決める重要な要素となっています。つまりAOCの格付けを持つワインはその土地らしくなければならないのです。
少し話は逸れますが、下の写真はAOCの評価の際に使用される実際の記入用紙です。
この用紙の面白いところは、判断の基準がワインの欠点であることです。
基準としては、プロのテイスター達の「そのAOCの期待値」からどれだけ離れているか、どれだけワインの欠点が少ないかという観点で評価が下されます。
さて、ここまで書いた内容ですと、お店で見かけるワインには一切欠点がないワインしか扱っていない、という印象を与えがちですがそういう訳でもありません。
ワインの欠点には多くの原因と種類があります。
1つ例をあげますと、葡萄が予定より早く収穫され、求めている熟成レベルに達していないことが原因で発生する“2-イソブチル-3-メトキシピラジン”通称「IBMP」という化学物質があります。
この物質はワインに「グリーンピーマンのような植物性の香り」を与えてしまい、問題なのはこの物質の存在が大きすぎて、他の特徴が隠れてしまうことです。
これは熟していないぶどうを仕込んで醸造した際に出現することがありますが、ボルドーで多く使われるカベルネソーヴィニヨン(特に赤ワイン)やソービニヨンブラン(特に白ワイン)と呼ばれる葡萄の品種から感じ取られる傾向が高いです。
しかしながら、これらの物質が与える香りが全て悪者かと言えばそうではなく、場所が変われば必要な存在にもなってくるのです。
日本の南にあるニュージーランドでも白ワインが作られており、その際にはソービニヨンブランが多く使われています。面白いことに、彼らの白ワインからこの香りがある程度感じられないと「その土地らしさ、その品種らしさ」が表されていないとも言われております。
また、オーガニックワイン、ビオワインと少し変わりますが、しっかりとした定義がまだない「自然派ワイン」とも呼ばれるワインが存在します。そのワインの中には本来ならば除くべき微生物が混入し「革製品や馬小屋」といった印象を与え、中には「除光液」や「酢」さえを連想させてしまうワインも多くあるのですが、飲み手によっては大変受け入れられているというのも事実です。
作り手の方たちは葡萄の育成から始まり、収穫、醸造、熟成を経て瓶詰まで健康的なワインを作る事を目指しています。毎年数多く生まれるワイナリーやワインの中には、自分が好むティピシテを持ったワインと出会うこともあれば、予想していたものと違うワインと出会うこともきっとあることでしょう。もちろん、そんな中には欠陥ワインとして消費できない残念な時もあり得ます。しかし大半はそのワインの個性が強すぎただけかもしれませんし、作り手が意図した味が自分に合わない時もあります。
ワインが持つそれぞれ異なる特徴や個性を大いに受け容れつつ、「らしさ」を求めてワインを選んでもいいし、「予想外」だったけど美味しいワインに遭った、とたのしむのもいい出会いであると私は思います。
ワイン通な方も、初めての方もそれぞれ違う特徴のワインを楽しんでくれることを願ってやみません。