ボジョレー特有の製法と、早飲みだけでないガメイの魅力
先月の11月19日木曜日にマヴィ初のオンラインボジョレーヌーヴォー解禁イベントが開かれ、私も通訳として参加させていただきました。初めてのことでもあり、至らないところもありましたが、ご参加された皆様にとって有益なものをお届けできていればと思います。
さて、10月中旬から11月の中旬までの間は、収穫と醸造が終わり、また葡萄の木の冬季剪定が始まる前でもあるので時間的に余裕が生まれ、多くの生産者の方が一息つける時期でもあります。
日本でもお馴染みボジョレーヌーヴォーの解禁日(毎年11月の第3木曜日)もこの時期に行われます。
今年はボジョレーヌーヴォーの生産者であるシュブラン家に10日程お邪魔して、収穫、醸造、分析のお手伝いをさせていただき、間近で彼らの仕事に触れることのできる機会に恵まれました。
シュブラン家ではボジョレーヌーヴォーだけでなく、熟成用のボジョレーワインやシャルドネも造られており、大学で知識として学ぶ醸造を目の当たりにし、やはり新鮮な気持ちになれました。
今年のボジョレーヌーヴォーの出来はとても良く、既にお飲みになった皆様も大変美味しく召し上がっていただけたことかと思います。
ここでボジョレーヌーヴォーの味に注目していきたいのですが、ボジョレーヌーヴォーの味は?と問われると「フレッシュでフルーティな飲み易いワイン」と思われる方が多いのではないでしょうか。
このイメージは「マセラシオン・カルボニック製法」という造り方から由来しており、ボジョレー地方特有の醸造法で、ガメイ以外の赤ワインや、白ワイン、ロゼ、甘口ワインにも適用させることは可能です。ただ、その様なワインを見かけることはなかなかありませんが。
さて、この「マセラシオン・カルボニック製法」ですが、普段お飲みになる赤ワインの造り方とは少し違ってきます。
ここで簡単な比較をしてみましょう。
通常の赤ワインの製法では、ぶどうを収穫した後に除梗(ぶどうの実などについている茎の部分を取り除く)や破砕などを行い、発酵タンクの中で液が漏れている状態のぶどうが溜まっていきます。
ここでぶどうの皮などに含まれる色素成分などが液体にゆっくりと抽出されていきます。
それから自然酵母にしろ、培養酵母などが増殖していき、液体に含まれる糖分を消費してアルコール発酵へと移っていきます。
それに対しマセラシオン・カルボニック製法では収穫したぶどうを破砕せず、そのまま房ごとタンク内に入れ放置します。破砕の心配がある機械での収穫はご法度なので、必ず手で収穫したものになります。破砕もされず、茎も付いてきたぶどうはタンクの中で粒の中で発酵する準備が整っています(茎のおかげで他のぶどう粒との間にスペースが生まれ、自重で潰れるリスクが減ります)。
ここで粒の中で発酵が起こるわけですが、この時に気を付けなければいけないことがもう一つあります。
それは酸素の存在です。
この「マセラシオン・カルボニック製法」ではタンクの中は二酸化炭素を充満させる必要があります。仮に酸素があると粒の中の酵素の働きが目指しているものと違ってしまう、意図していない菌(酢酸菌など)によりワインに問題のある味を生み出してしまう危険があります。
さて、ぶどう粒の中で酵素が無事に働くと何が起こるかと言いますと、リンゴ酸を分解して微量のアルコール(2%程度)や副産物を生み出し、穏やかな酸味を保ちます。(通常のアルコール発酵を終えた赤ワインはリンゴ酸の存在がしっかり残っているので、とても酸っぱく感じます。)
また、バナナの香気分子である酢酸イソアミルなども生成され、フルーティなアロマも出来ます。
それぞれの粒の中で発酵をしますので、タンクの下部にあるぶどうは段々と破れていき、液が漏れてぶどうの皮と接触して、皮に含まれている色素は液に移っていきます。そのお陰で液色は鮮やかな赤色を浴びてきます。
ここでカンが良い方は、「色素が移っているのなら、タンニンだって移るだろう!」と思いたくなるところです。
確かにタンニンは茎や種に多く含まれていますが、タンニンはアルコールに対し可溶性があり、微量のアルコールにはあまり溶け出しません。また破砕や圧縮などの力もくわえておりませんので、色は鮮やかな赤色でありながら渋み成分は少量しか抽出されません。
このマセラシオン・カルボニックの後、搾汁して低いアルコールの赤い色素が抽出されたぶどう液を作り、これをさらにそのまま白ワインのように皮や種との接触がないまま発酵を続けてワインとします。いわばロゼに近い造り方なのです。
またマセラシオン期間をヌーヴォー用は約1週間、熟成用は約2週間とタンニン抽出量を調整して、渋味と熟成速度をコントロールしています。
ワインに含まれるタンニンは私達に苦みを感じさせ、また舌や歯茎の部分を収斂(しゅうれん)させますが、ボジョレーヌーヴォ―では苦味、収斂性は低く感じられるのです。
それは先ほど説明した通り、ボジョレーヌーヴォーに含まれるタンニンが比較的少ないことに加え、もう一つ理由があります。
それは、私たちが感じる収斂性の度合いはワインのpHとアルコール度数により影響を受けやすいからです。
普段私たちが口にしている赤ワインのpHは3から3.5前後で酸性ですが、酸性度が低くまたアルコール度数が上がると私達が感じる収斂性の度数も低くなる傾向にあります。
私達が口にしたボジョレーヌーヴォ―のpHは3.5辺りでアルコール度数も12度ありますので、比較的収斂性が低く感じられるのです。
ボジョレーヌーヴォーが日本人の好みに合うのはロゼに近い造り方のおかげで、渋みと会わない和食でも違和感がなく楽しめることができます。
和食の多くには魚を使った料理が多くあると思います。タンニンは魚の脂質とぶつかり合うことが多くあり、心地よい味を口の中で完成させるケースが多くありませんがボジョレーヌーヴォ―ですと和食にも合わせやすくなり楽しめる幅が一気に広くなります。
これらの過程があり、ボジョレーヌーヴォー地方で造られる新酒ワインは速く醸造されていながらも、美味しくいただけるのですね。
しかし、ガメイという品種を見ると実は今の様に脚光を浴びていた品種ではないのです。
今で言うガメイという品種の名前が初めて登場したのは1395年に公布された禁止令の中でした。
当時のガメイはGaamezと呼ばれており、「質が悪く、味が苦く、人体に害を及ばす危険性のある品種。見つけた場合は5か月以内に取り除かなければならない」とまで記録に残されています。
それから時が経つにつれて、優秀な遺伝子を持った種が残ったり、品種改良などを経て今の様なガメイに少しずつ近づいてきました。
少し話は変わりますが、皆様は良く熟成されたガメイをお飲みになった経験はありますか?
先ほど「味が苦く」とまで酷評されたガメイですが、実はガメイでもタンニンがしっかりと抽出され熟成用の赤ワインは造ることが出来ますし、また非常に長く熟成されることも出来ます。
早飲みタイプであるボジョレーヌーヴォーはフレッシュさ、フルーティさ、口当たりの軽やかさから生でも美味しく食べられる料理などにもよく合います。私はハムやチーズはもちろんのこと、牛のタルタルやサーモンのタルタルとのマリアージュも楽しんでいます。
熟成タイプのガメイとなると中には10年は簡単に、20年も持つ代物だって存在します。
そのような熟成ガメイには是非リヨンの郷土料理、葡萄の実で煮込んだソーセージなどと一緒にお召し上がりになるとより一層美味しさが増すことに違いないでしょう。
ガメイという品種はボジョレーヌーヴォーに使われるだけではなく、実は早飲み用、そして熟成用と二つの顔を持つ優等生なんですね。
シュブラン家に取材をしに行った際にフローレンスも語っていました。
「もっと多くの人にガメイの魅力について知ってほしい。フルーティなワインだけでなく、繊細でかつ気品のある姿も」と。
(2020.12.16)
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