熟成ブルゴーニュワインの味わいを気軽に楽しめるラドワ レブリ
ヴィンテージチャートの罠
太陽がいっぱいの地中海では毎年良いぶどうの収穫が見込めるが、ブルゴーニュやボルドーのような北の産地では天候に大きく左右される。故に同じ畑のワインでも収穫年(ヴィンテージ)によって性格が違い、これがワインマニアの楽しみでもある。この差を点数で表したのがヴィンテージチャートだ。
チャートの点数は「どれくらい美味しいか」を表すと思いがちだが、実は「長期熟成が可能かどうか、またどのレベルまで熟成するか」を示している。つまり高い点数の年は「長期間置けば美味しくなる」ということだ。一方、点数の低い年、つまり天候の悪かった年のぶどうは長期熟成のワインには向かないため、醸造家は早く飲めるように調整して造る。
初めて出張でフランスに行った1984年、張り切ってヴィンテージチャートで5つ星の1982年のボルドーワインを注文しようとして「まだ飲めないよ」と笑われたことがある。そして、重いタンニンは何年も経たないとまろやかな美味しさには化けてくれないからと1981年を出してくれた。1981年はいわゆる「つまらない年」だが、実にうまかった。
最良の年の長期熟成用に造られたワインは、熟成を待たず若い内に飲むと、まだ美味しく出来上がっていないから飲めたものではない。ところがそこそこの年に早飲み用に造られたワインは、すぐに美味しくなるから、若い内に飲みたければ「最良年」ではなく「つまらない年」を選んだほうがいい。ただ、ブルゴーニュやボルドーで10年以上熟成した当たり年のワインは結構な値段になるから、財布には厳しいのが泣き所だ。
由緒あり過ぎ、複雑なブルゴーニュワインの名称
長子相続のボルドーと違い、兄弟が分割相続してきたブルゴーニュでは、相続を繰り返すうちに畑が細切れになっていく。その結果、ブルゴーニュの生産者は居住地以外の村にも細かい畑を所有することになり、管理するのも大変だが、飲み手側も覚えることが複雑になって、ブルゴーニュの難しさを嘆くことになる。
コート ド ボーヌ地区サントネー村のシャペルさんの所有畑がちょっと離れたラドワ村にある。このラドワの畑にはレブリという畑名が付いている。レブリはブルゴーニュ委員会の公式ページにも載っている由緒正しい畑名だ。
ラドワはコート ド ニュイとの境、コート ド ボーヌでは一番北にある村で、サントネーからはボーヌ市を挟んで直線距離で20㎞以上離れている。シャペルさんの所有畑はサントネーとラドワの他にアロースコルトンやシャサーヌモンラッシェ、ムルソー、ポマールとあちこちに散在している。さらにそれらの畑には畑名や1級格付け畑名もあり複雑さを増す。
ラドワ レブリ 2015年が弱い⁈
マヴィで長年テイスティングコメントを書いていた担当者が昨年春に退職した。そして、ボルドー大学で最新のテイスティング技術を学んだスタッフが今年入社したこともあり、全ワインのテースティングコメントを見直すことにして、現在作業を進めている。ワイン数は200以上もあり、年内に終えられるかどうかという気の長いプロジェクトだが、新しい発見もあり、興味深いのも事実。
この作業の中で、担当のスタッフより「ラドワ レブリ 2015年が弱い」という報告がもたらされた。そこで、ひとまず全販路で販売を停止し、追試を行うことにしたが、コロナ禍で集まって試飲する訳にはいかないので、まずは自宅で飲んでみることにした。
ラドワレブリ 2015年を飲んでみた
ブルゴーニュワインの2000年以降のヴィンテージチャートを見ると、最良とされているのが2005年と2015年だ。どちらの年も素晴らしい理想的な天候だった。ブルゴーニュの畑名格付けワインは、まず長期熟成向け仕込みだから、2005年がちょうど飲み頃を迎える頃合いで、2015年はまだまだ上り坂の途中だろう。
まずは抜栓、コルクの状態はよい。
飲んでみると美味しい。タンニンの角がきれいに取れてまろやか。そして香りには長期熟成時に現れる醤油のような要素も感じる。これはいい具合に熟成が進み、ほぼピークに達して古酒領域に入ったサインだ。ということは、このワインはまさにフランス人たちが待っていた飲み頃ということになる。
しかし、2015年という最良ヴィンテージのワインが、わずか6年目で飲み頃を迎えるのだろうか?不思議に思い、シャペルさんからの情報を読み返してみたら、このラドワ レブリの畑は1964年に植えられたと書かれている。東京オリンピックの年だから、2015年の収穫時には51歳の古木だ。ぶどうの樹も若い時の力がなくなり円熟しているはずだ。きっとシャペルさんはその円熟度に合わせて長期熟成の仕込みをしなかったということだろうと思い、問い合わせてみた。するとこんな答えが返ってきた。
「2015年は太陽が照り付けたので、もちろん熟成に向いている。レブリはアロス・コルトンの山に続いたテロワールで、繊細さと果実味を生み出すことが出来るいい区画なので、樽で熟成させればより長く持たせることが出来るが、特有のフレッシュな果実香を活かしたかったから、樽熟成の過程を省いた。」
シャペル家にはプルミエクリュ畑がいくつもあるので、2015年のような年でもラドワ レブリを長期熟成仕込みにする必要はない。むしろ売るワインがなくなってしまう心配を考えれば、数年で飲めるように仕込む方がいい。スタッフも僕もヴィンテージチャートの罠にはまり、2015年は強くなければと固定観念を植え付けられていたのかもしれない。
熟成したワインの味わいを知って欲しい
通常、ブルゴーニュの由緒正しい名称畑で穫れたピノノワールの2015年ヴィンテージが美味しく飲めるようになるのは2025年以降だ。物によっては2030年以降かもしれない。なので、もう飲み頃を迎えたこのラドワ レブリ 2015年はとてもありがたい存在といえる。ぜひ気軽に料理と合わせて飲んでいただきたい。そして広いセラーを持つフランス人達が求める熟成の味わいを知っていただければと思う。
ラドワレブリを合わせる料理
自宅でボトルを開けるからには、見合った食事が必要。これは僕のポリシー、ワインはマリアージュさせる料理があってこそ映える。そこでハンバーグを作ることにした。
僕のハンバーグは肉に何も混ぜず、ただ握り固めて平たく延ばして焼くだけ。30年前にパリのプラザアテネホテルの裏メニューで知った。レストランのアラカルトリストには載っていないが、常連客はお構いなく注文する、別注料理だ。注文するとテーブルの横まで生の極上フィレミニョン肉を載せた皿を持ってきて、その場で挽く。そしてステーキと同様に焼き具合を訊ね、調理場に持ち帰って焼き上げてくれた。
自宅に肉挽き器を持っていないので、銀座の松屋で和牛赤身ひき肉を買って来た。ひき肉は鮮度がすぐ落ちるから買い置きはできない。
肉を焼く前に野菜の下準備をしよう。野菜室にポランさんのオーガニック野菜があったので、これを食べられるサイズに切り、アンダルシアのネヴァドさんのオリーブオイルで軽く炒めて皿に取っておく。
ひき肉は塩をせず、ビニール袋の中で握り固めてボールにしてから平たく延ばせば手を汚さずに済む。
フライパンで固めた肉を焼く。和牛のひき肉は赤身でも結構脂が出るので、油は敷かない。また決して霜降り肉のような高級ひき肉は使わないこと。ここで黒胡椒を軽く振っておく。好きな加減で両面焼いたら皿に取り上げておく。
肉の脂がたっぷりと残ったフライパンに炒めておいた野菜を入れて、さらに炒めて馴染ませたところにワインをたっぷり注ぎ、そのまま煮詰め、濃い口醤油とバルサミコ酢で味付けして、もう少し加熱し、火を止める直前に仕上げに黒胡椒をちょっと振って香りを締める。
炒めた野菜に絡んだ脂、ワイン、醤油、バルサミコ酢がソースとなるので、注ぐワインの味が結果に大きく影響する。市販の料理用ワインは不味くなるから使わないこと。マリアージュを考えると、その日に飲むワインを使うのが一番のおすすめ。
彩に緑が欲しい。ブロッコリーとスナップエンドウを固めに塩茹でして皿に添えて完成。
ハンバーグはフランス語でステーク アッシェ(Steak haché)、フランス人にもポピュラーな一皿。ご自宅で手軽にできるので、ラドワ レブリと合わせて、高級ビストロ気分はいかがだろうか。
田村安
マヴィ代表
著書の「オーガニックワインの本」(春秋社刊)でグルマン・クックブック・アワード
日本書部門2004年ベストワインブック賞を受賞
フランス政府より農事功労章シュヴァリエ勲章受勲
ボルドーワイン騎士Connétablie de Guyenne