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ワインの話

キャンティとキャンティ スペリオーレ|宮廷貴族のハウスワイン

ワインの話

イタリアワインといえばキャンティの時代があった

イタリア中部トスカーナ州のキャンティは、思い出深いワインだ。ワインがまだ一般に出回っていなかった1960~70年代の日本で、なぜかキャンティは売られていた。酒豪だった父には中元歳暮にはワインが毎日のように届き、キャンティもしばしば混じっていたのでよく味見をさせてもらった記憶がある。

藁を巻いた特徴的なボトルが贈答用に受けたのか、赤ワインながら軽やかな味わいならポリフェノールブーム以前の日本人の舌にも受け入れられたからなのか。

いや、戦後日本の文化はアメリカからの輸入文化。アメリカのイタリア系移民が各都市のイタリア料理店で、手軽に作れてアメリカ人顧客にも受けるトマトソーススパゲッティを提供、その卓上に藁を巻いたボトルが似合ったからなのだろう。

ポパイやオリーブやブルートやトッポジージョの時代、六本木の高級イタリアンレストランに「キャンティ」という名前が付けられたくらい、イタリアを代表する、憧れでもあったのだ。

キャンティは過去のワイン?

バブルから90年代のポリフェノールワインブームを経て、濃い赤ワインがもてはやされるようになると、軽やかなキャンティはあまりもてはやされなくなり、いつしか片隅に押しやられる存在になった感がある。

これは日本に限ったことではない。産地のトスカーナでも軽やかなキャンティではなく、DOC格付けを敢えて取得しないスーパートスカンを指向する生産者も多い。

そんな中、ピエトロ・マニョーニさんは伝統的な味わいのキャンティを造り続けている。

伝統的なキャンティを守る大貴族の系譜

ピエトロ・マニョーニさんは、フィレンツェから40㎞ほど南下したヴィコ デルザ村のキャンティ生産者だ。村はシエナに向かう街道が通る谷から隆起した丘の上にあり、谷を挟んで世界遺産サンジミアーノと対峙する、古代から中世の城塞だった。

マニョーニ家の農場はVilla Guicciardini-Majnoni di Vico d’Elsaと呼ばれる。訳すると「ヴィコ デルザのグイチャルディーニ-マニョーニ家の邸宅」、ヴィコ城にあった古代の病院跡に14世紀頃に建築され、1701年にフィレンチェのグイチャルディーニ侯爵が購入し、ピエトロさんの祖母でグイチャルディーニ侯爵令嬢のマルセラさんが、祖父のミラノの宮廷貴族マッシミリャーノ・マニョーニ侯爵に嫁ぐ際に持参した荘園だ。

ピエトロさんの父フランチェスコさんが次男だったため、爵位は兄のステファノさんが継いだが、この荘園はフランチェスコさんが相続し、その後イタリアには小作制度がなくなり、混乱の末、自身で荘園を管理・経営することになったそうだ。

イタリアも敗戦国、占領下に農地改革が断行された日本とは少し事情が違い、農地の没収は回避できたようだが、戦後の波が大きく押し寄せたことは想像できる。

キャンティは食中酒

フランス王アンリ2世に嫁いだカトリーヌ ド メディチと共に、フィレンチェの豊かな食文化が持ち込まれたのだから、フランス料理の源流はトスカーナにある。

トスカーナは新鮮な食材に恵まれ、北フランスのような重たい味付けにする必要がない。そのトスカーナ料理に欠かせないものがキャンティ。軽やかで、料理を支配することなく自然に調和する。出しゃばらず、何も考えることなくいろいろな食材に合わせられる。

ピエトロさんの目指すキャンティは、そんな正統派ワイン。流行には左右されたくないと言い切る。代々ミラノの宮廷で暮らし、舌の肥えた大貴族の日常の食卓に上るのはもちろんトスカーナのキャンティ。本当に上質なベーシックが一番の贅沢なのだろう。

普段の食卓に重宝なキャンティ

生ソーセージのポトフとローマ風アーティチョークにキャンティ

生ソーセージのポトフとローマ風アーティチョークにキャンティを合わせてみよう。

日本では生ソーセージやアーティチョークはちょっと気取った高級食材になるが、ここローマではどこのスーパーでも売っている当たり前の食材なのがありがたい。

アーティチョークはそのまま塩茹でして、むしって食べるだけでも美味しいが、今日はローマ風で、ちょっと手が込んでいる。

もったいないが花弁をすべて削ぎ落す。根元や茎は硬い部分を剥き、柔らかい部分だけにする。アーティチョークはすぐに酸化して黒くなってしまうから、ボールにレモンを丸ごと1個絞り、残った皮も入れたレモン水を用意して、切ったそばから放り込み保護しなければならない。手にもレモン汁を塗っておかないと真っ黒になるから要注意。

花弁の中心部分に雄蕊おしべのもじゃもじゃが残っているから、これはスプーンを突っ込んで取り除いておき、ここに乾燥バジルをたっぷりと振りこんでおく。あとは塩コショウを振りかける。茎は半分の厚さに切っておくと茹でやすい。

鍋に並べてオリーブオイルをたっぷり注ぎ、ここに水を加え、ニンニクを2片ほど刻んで20分ほど茹でたら出来上がる。

次はポトフ。近所のスーパーで糸で結んだ生ソーセージを見つけたので、試しに買ってみた。

ニンジン、玉ねぎ、セロリなどをざっくり切って鍋に入れ、沸騰したら生ソーセージを放り込み弱火でコトコトと、途中ワインやたっぷり加えて10~15分ほど煮る。今日はアーティチョークの茹で汁も加えてみた。最後にカブの葉を入れて仕上げに塩コショウで調味して出来上がり。

キャンティはすべての食材の味を損なわずに見事な調和を見せたが、殊にアーティチョークとよく合った。

豚肉の生姜焼きとナスの焼浸しにキャンティ

ヨーロッパでは通常、分厚い肉しか売っていないのだが、ローマではどこのスーパーにも豚肉の薄切りを売っている。厚さは5~8ミリ程で、しゃぶしゃぶにはちょっと厳しいが、生姜焼きにはもってこいの厚みでありがたい。

しょうがを摺おろし、ローマのちょっと甘い、みりんに似たリキュールのアマロと醤油少し加えた中に豚肉をマリネしておき、フライパンで焼くだけのお手軽料理。

付け合せはナス。ローマでは日本と同様、いろいろなタイプのナスを売っている。今日は長ナスを使って焼き浸しにしてみた。

ナスをオリーブオイルをたっぷり熱したフライパンの上で弱火で両面焼くのだが、蓋をした方が火が通りやすい。バルサミコ酢にエクストラバージンオリーブオイルを加え、アマロで香りを付けて焼きあがったナスに絡める。

キャンティはしょうがの香りにもバルサミコ酢の風味にもよく合い、豚肉やナスを一段上の美味しさに持ち上げてくれた。

濃いめの肉料理にはキャンティ スペリオール

ローマで生活していると食卓に肉が上ることが多くなり、それにつれて赤ワインを飲む機会が増えて来た。

キャンティ スペリオーレはキャンティの上級ワインだ。ベースはタンク熟成のワインだが、樽で6か月間熟成したワインを1/3程ブレンドしているので、通常のキャンティに比べてコクが増し、渋みも加わり、肉の味との相性が高まる。

リガトーニのアマトリチャーナにキャンティ スペリオーレ

ローマ名物のパスタといえば、太くて表面に筋の通ったリガトーニのアマトリチャーナだろう。震災で有名になったアペニン山脈の山村「アマトリーチェ」が発祥の地だと思い込んでいたのだが、実はローマで生まれたそうだ。

脂肪分の多い塩蔵豚肉パンチェッタを刻んで、ニンニクを加えたたっぷりのオリーブオイルの中で脂分を溶かし、ここに刻んだ玉ねぎを加えてパンチェッタがカリカリになるまで炒めてトマトパサータを加えて煮込んだソースがアマトリチャーナ。これをリガトーニに絡めてパルメジャーノチーズをたっぷりと削りかけて仕上げる。

パンチェッタは日本のベーコンとはまるで違い、塩蔵で発酵した干物、味が濃いが臭いも強い。パンチェッタの発酵したアミノ酸、トマトのアミノ酸、チーズのアミノ酸のトリプル効果で強い味が付いたアマトリチャーナは、パスタではあるがシンプルなキャンティでは負ける。

ここでキャンティ スペリオーレの出番。それぞれの主張があっさりと丸く収まるのが凄いところだ。

日本で作るなら、ベーコンでよりも色の濃い硬めの生ハムを使うことをおすすめする。

ビーフステーキにキャンティ スペリオーレ

肉料理といえばステーキ。判の小さい仔牛のフィレを焼いてみた。

日本の和牛とは違い、脂が非常に少ないが柔らかい。ソースは肉汁にバターを溶かしキャンティをたっぷり、バルサミコ酢を加えて煮詰めた。

付け合わせに丸のまま塩茹でしたアーティチョークとルッコラのサラダ。どちらも酵素が強く、肉を消化する際に食べ疲れを防ぐ効果があるといわれている。

キャンティ スペリオーレは肉をしっかりと受け止め、繊細な仔牛の味を損ねることがない。じつに美味い。

使い分けたいキャンティとキャンティ スペリオーレ

キャンティとキャンティ スペリオーレはどちらもいろいろな料理に合わせやすく、素晴らしいワイン。重めの料理か、軽やかな料理かで使い分けることをおすすめするが、重なる部分もあるので、それほど厳密に考える必要はない。

どちらも抜栓してすぐに美味しく飲めるが、翌日も翌々日も十分大丈夫というか、きれいに美味しく開いてきてくれるので、飲み切る必要はない。ただ高温は避けて、涼しい場所に置いて数日間(初夏から初秋は冷蔵庫)が安心だ。

大貴族・マニョーニ= グイチャルディーニ家の日常ワイン、キャンティとキャンティ スペリオーレ。イタリア好きな方だけでなく、どなたにも常備されることをおすすめしたい。

キャンティ 赤

田村安

マヴィ代表
著書の「オーガニックワインの本」(春秋社刊)でグルマン・クックブック・アワード
日本書部門2004年ベストワインブック賞を受賞
フランス政府より農事功労章シュヴァリエ勲章受勲
ボルドーワイン騎士Connétablie de Guyenne

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