ガリシア~ポルトガル、ノスタルジックな夏休み9
今回のノスタルジー再訪旅行で、どこよりも行きたかった場所、それはガリシアでもポルトガルでもなく、隣接するLeon県のPonferradaからVillablinoにかけての炭鉱地帯です。
日本では1976年筑豊の貝島炭鉱を最後に蒸気機関車が働く炭鉱が閉山し、姿を消しました。石炭で動く蒸気機関車を走らせて石炭を運ぶという、至極当たり前だった光景は、残ったわずかな炭鉱でも、もっと楽な石油で動くディーゼルや電気機関車に置き換えられていたのです。そしてその炭鉱自体も今や全て閉山となり、現在は釧路の太平洋炭鉱で選炭施設が使われているのみとなってしまいました。
私は貝島炭鉱の最後にはギリギリ間に合い、米国クック社製の小型蒸気機関車の活躍を瞼に焼き付けることができましたが、当時スペインの炭鉱鉄道はまだまだ現役。その中でもVillablinoは日本の鉄道とほぼ同じ狭軌の線路巾で1000mmゲージ、独逸クラウスマッファイ社製や米国ボールドウィン製が活躍する鉄道マニアにとっては聖地のひとつだったのです。とはいってもまだ海外情報の少ない当時は、アメリカの鉄道マニアが書いた洋書の写真集を何度も読み返して夢想していたものです。
留学中の1979年12月のクリスマス休暇を使って、雪の中初めて訪問した時の感動、80年7月の炎天下に1週間滞在して、沿線を彷徨い、また走行するクラウスマッファイの運転台に同乗せてもらった時の嬉しさは今でも忘れられません。機関士はbotaという皮袋に自家製のワインを詰めて持っていて、水代わりに飲みながら運転していました。
とにかく当時のスペインでは「ワインはアルコールだ」という意識はありませんでした。私も毎日1リットル計り売りのワインを必ず2回買ってきて、勉強しながら飲んでいました。自分の部屋でも食堂でも水を飲んだ記憶はなく、もちろんbotaも買い求めて常時携行しておりました。土産物として売っているbotaは内側にビニールが張られていて水筒になるものですが、本物のbotaは皮一枚でワインは直接皮に触れることになります。
「新しき皮袋には新しき酒を、古き皮袋には古き酒を。」という言葉が旧約聖書に出てきますが、この皮袋がbotaです。遊牧民が太古から持ち歩いた生活の必需品。すぐ腐ってしまう水ではなくて、腐らないワインでなければ役にたちません。
新品の皮だと臭いがきつくて飲めたものではありません。そこで古くなって飲めないようなワインを詰めてしばらく放置して、獣の臭いをワインに移してから飲まずに捨てます。その後は新しい酒を詰めると程好く馴染んでおいしくなります。袋の中では微生物がしっかりと付着して育ってきます。詰めるワインは銘酒である必要は全くありません。
どうせ皮袋の味が移って、田舎染みたワインになってしまいますから。でも、素朴な料理にはそういうワインの方がむしろ好ましかったりします。当時の私は遊牧民的な匂いのスペイン生活の中にどっぷりと浸かっていましたから、機関士に飲ませてもらったbotaからのワインの味が実にしっくりきたのです。
そうそう、ワインを飲むときにグラスやコップは使いませんし、botaには口をつけてはいけません。前方の空中高く腕を伸ばして皮袋を握り、botaの口から自分の口めがけてワインをピューっと飛ばして飲みます。そして次から次へみんなで回し飲みするのですが、食器を洗う水さえない遊牧民にとって、こういったしぐさがとても自然なのです。まあ、豊葦原の瑞穂の国に生まれ育った身には想像しにくい光景ですけど。そして失敗するとシャツの前を赤ワインで染めることになります。