TBピノノワール|新着のラングドック赤ワインを試す
醸造方法や産地で変わるピノノワール
ピノノワールの樹は病虫害に弱く、しかも果皮は極めて薄いため強すぎる日差しにも弱く、畑の状態や気象状況など栽培環境(テロワール)によって大きな差が生じる作りにくい品種だ。
ブルゴーニュのピノノワールは、オーク樽で熟成させることで、特有の様々な香りと力強さが醸し出される。一方、樽を使わずにタンク熟成させたアルザスのピノノワールは、フレッシュな可愛らしさがあり、クセが少ない素直で食事に合わせやすいワインになる。
ブローのテロワールをストレートに感じるTB
TBピノノワールも前回紹介したTBシャルドネ同様、タリさんの引退で畑を引き継いだファビアン レヴォルさんのワインだが、ガブリエル タリの文化と思考は一切引き継がなかった。
ピノノワールの畑の下にも岩盤があり、多様なミネラル水をたっぷりと吸って育つ。ガブリエル タリはブルゴーニュのようにオークの新樽を用い、力強い牛肉、バターといった動物性脂を得意とするワインに仕上げた。
一方、ファビアン レヴォルは真逆を狙っている。フレッシュな果実、一切隠すことなく顕われる強烈な酸はアジアンエスニックの世界へ誘う個性的なピノノワールに仕上げている。
現代のフレンチは異文化の融合
僕がフランスに住んでいた1990年代、パリのベトナム中華料理店でよく勧められたのはボルドーの赤、もちろん合うはずがない。ブルゴーニュの方がましだったが、そんなレベル。そのためアンジュー ロゼが落しどころだった。
古典的なフランス料理の特徴は酸が弱いことだろう。例外はサラダだが、多くのワイン専門家たちが「サラダの酸に釣り合うワインは無い」と言い切った。
それに対し東アジア料理は、和食も中華も韓流も越南も押しなべて酸が多用される。そしてアジア料理は現代フランス料理に浸透してきている。数年前、モンペリエ近郊の海岸にあるミシュラン3つ星店が運営するサマーレストランで食事をした際、メニューにラヴィオリとあるので注文したところ、出されたのは紛れもない餃子だった。
こうなってしまうと、もはや古典的なマリアージュは通用しない。ワインに酸との相性を求めるのは必然だろう。
和食やベジタリアン、エスニックに寄り添うピノノワール
まずは試飲。アルコール度数は13.5%とラングドックにしては低く抑えていることもあり、香りは控えめながらも、新鮮なクランベリーやアメリカンチェリーのようなかわいらしい果実が湧く。そして味わいは強烈な酸なのだが、同時に果実味も強調されて、高い位置でバランスされて美味しい。これは食前酒でも飲めるし、和食やエスニックにも行けそうだ。
TBピノノワールとワカメの酢の物
初日にまず試したのはジャコをたっぷりと載せたワカメの酢の物。
強烈な米酢やジャコにピノノワールが合うはずはなかろう。
とんでもないことが起こった。ドンピシャに決まってしまった。一切の生臭みも酢に反発することもなく、ピノノワールが喉を通った。その余韻も爽やかな美味しさを残して。
TBピノノワールと鶏皮舞茸ネギの炒め物
この日のメインは鶏モモ皮。
鶏モモ皮と舞茸とネギを一緒に炒めて、白扇みりんと薄口醤油で軽く味付け、塩茹でジャガイモを皮ごと潰して添えてみた。鶏もイモも皮は体を守る作用が強いので、季節の変わり目にはおすすめの一品。
鶏皮や舞茸のヌルっとした食感や香りをピノノワールが綺麗に包み、とても美味しい。ただ較べると、ワカメ酢の方が仕立てたかのようにピッタリ合ったのは何故だろう?
TBピノノワールと塩鮭の焼き物
翌日は甘塩の紅鮭を焼いてみた。
付け合せは大根葉と油揚げの炊き合わせ。レタスサラダを添えた。
ピノノワールの酸味は塩鮭の香ばしさと塩蔵魚の旨味を切ることがなく、口中で調和してくれた。炊合せのまったり感ともしっくりと来る。
レタスサラダは赤ワインヴィネガーをわざとたっぷりと使ったのだが、これにもTBピノノワールは反発ではなく融合した感があり、イケる。
TBピノノワールと辛子明太子
3日目は限界に挑戦してみた。辛子明太子だ。
付け合せはチンゲン菜と叉焼とかぼちゃの炒め物。それにきゅうりを塩もみして添えた。
いくら何でも辛子明太子は無理だろうと、単なる遊びのつもりだったのだが、信じられないことに、すんなり合う!
唐辛子の辛さも、魚卵の生臭さも物ともしない。やはりピノノワールの酸が効いているのだろう。後味にも嫌味がなく実に美味しい。
付け合わせの叉焼とかぼちゃの甘さやチンゲン菜のチャキチャキ感、箸休めのきゅうりを交えると、このピノノワールの懐の深さがよくわかった。
常識を超えた赤ワイン
TBピノノワールは常識を超えた赤ワインだ。
ブルゴーニュのピノノワールとはまるで違うし、アルザスのピノノワールとも一味違う。ブローのテロワールで生まれたぶどうをファビアン レヴォルが近未来指向で醸したピノノワール。東アジア人の食卓には最適な赤ワインであり、これからのフランス料理のマリアージュにも力を発揮する赤ワインとなろう。
ぜひ毎日の食卓で実験されることをおすすめしたい。
田村安
マヴィ代表
著書の「オーガニックワインの本」(春秋社刊)でグルマン・クックブック・アワード
日本書部門2004年ベストワインブック賞を受賞
フランス政府より農事功労章シュヴァリエ勲章受勲
ボルドーワイン騎士Connétablie de Guyenne