NATURE & PROGRES(ナチュール エ プログレ) 元会長、ベリューさんのブランケット メソッド アンセストラル|完全無添加のワイン造り
ベリュウさんとの出会い
リムーのジャン クロード ベリュウさんに初めて会ったのは2000年の春だ。
ボアソー先生が初めてフランスから生産者一行を連れて来日する際に、「マヴィの生産者ではないが、NATURE & PROGRES(ナチュール エ プログレ、以下N&P)の会長が同行したいと言っているが、どうしようか?」との相談があった。
N&PはEUのオーガニック認証制度が始まるずっと前から認証を行ってきた民間のオーガニック団体で、監査内容が厳しいため由緒正しく、当時のマヴィ生産者さん達はほとんどが、国のオーガニック認証とN&Pの認証をダブルで受けていた。なのでもちろんお断りする理由などなく、「ぜひどうぞ!」ということになった。そして一行が来日し、東京と大阪でイベントや記者会見を行った時、せっかくなのでベリュウ会長にスピーチをお願いしたところ、彼はN&Pの話など一切せず、自分が生産する「ブランケット ド リムー メソッド アンセストラル」についてだけ熱心に語った。
ブランケット ド リムー メソッド アンセストラル
僕はマヴィを創る前に11年間ヨーロッパに住んで、そのうち10年間はフランス料理界でマーケティングの仕事に携わり、美酒美食にどっぷり浸っていたのだが、恥かしながら「ブランケット ド リムー メソッド アンセストラル」は飲んだことがなかった。まあ、パリのマーケティングの世界で着飾った人たちと飲むスパークリングワインは有名シャンパンばかりだったから、南仏ラングドックの山奥の泡は目に入らなかった。ボアソーさんも「ほとんどのフランス人は知らない酒だから仕方ないよ」と慰めてくれたくらいマイナーなワインなのだが、実はワインの歴史では極めて重要な存在である。
最初のスパークリングワインはリムーで生まれた
リムー委員会のHP(注*)によると、リムー近郊のベネディクト派のサンティレール修道院(Abbaye de Saint-Hilaire)で、1544年にフランスで初めて瓶内二次発酵のスパークリングワインが造られた
とある。シャンパーニュの祖ドン・ペリニョンが生まれたのは1638年なので、その100年程前になる。また、ドン・ペリニョンがシャンパン製法を開発したオヴィレ修道院(Abbaye d’Hautvillers)も同じベネディクト派だから、情報は共有されていたとも推測できる。
同じ瓶内二次発酵のスパークリングワインだが、シャンパーニュのオヴィレ修道院とリムーのサンティレール修道院の製造方法は違う。
シャンパーニュ製法は一次発酵でぶどう果汁の糖分を使い切ってアルコールにしてから糖分と酵母を足して瓶詰めする。加えた糖分を酵母が食べて瓶内二次発酵することで泡を作る。加糖をしているためアルコール度数は11%を超え、生産も品質も安定する
リムーでは一次発酵の最中にまだアルコール度が低い段階で漉し、酵母のほとんどを取り除き、糖分を残したまま発酵を途中で停止させる。その後、低い温度で翌春まで置き、残った酵母が再度増えてきて、気温も高まり発酵が再開したところで瓶詰めし、そのまま瓶内二次発酵をさせて泡を作る。加糖をせずに甘口に仕上げるため、アルコール度数は数パーセントに留まり、均質な製品を安定して製造するのが難しい。
シャンパン製法に負けたリムー製法
安定して製品が造れるシャンパーニュ製法の方が産業として圧倒的に優れているため、リムー式の製造方法はほぼシャンパン製法に置き換わり、リムーの地酒に細々と残された古代製法(メソッド アンセストラル)と呼ばれるようになった。
ベリュウさんは、ラジカルな自然主義で知られるN&Pの会長を務める程の自然主義者なので、地元リムー名産の甘口スパークリングワイン「ブランケット ド リムー」を古代製法(メソッド アンセストラル)で、また完全無添加で造っている。つまり砂糖だけでなく、酵母の添加もSO2の添加もしない。
2000年の訪日の際に、ベリュウさんが機内持ち込みで持って来てくれた「ブランケット ド リムー メソッド アンセストラル」は、ぶどうのワインなのに青りんごの特徴的な香りと、柔らかな甘さと極めて細やかな泡で、信じられないくらい口当たりが優しかった。シャンパンとは対極的で売れる確信はなかったが、妥協できない人柄に惹かれてお取引することに決めたのは本当に正解だった。
自然主義者の住むロクタイヤード村
ベリュウさんの住むロクタイヤード村は、リムーの町から細い山道を10km程登った山奥に現れる山賊の砦のような村で、山脈はそのままピレネーまで続く。まさに人里離れたという形容詞がしっくりくる、世俗の下界からは隔絶された仙境。毎年のように訪問しても、また再訪したくなる魅力がある。
一旦廃墟となった集落を、自然を愛する人々が、打ち捨てられた石材で建物を修復して住んでいて、ベリュウ家もそうやってレストアして建てた。毎年少しずつ部屋が出来上がってくるのを見るのも楽しみだ。ここの生活に憧れてベルギーからやって来た人も多いらしく、ベリュウさんの奥様もベルギー出身のナチュラリストだ。
無添加を貫くと造れないこともある
ベリュウさんは絶対に酵母添加をしないため、春になって二次発酵が始まるかどうかは不確実。全く泡ができない時もある。ある年、「今年は売るワインがない」との連絡があり、訪問した際にじっくり話を聞くと、「酵母の力が弱くて、二次発酵しない」という。造りかけのワインをタンクから飲ませてもらうと、糖分が高く泡のない停まった状態でとても美味しい。ここに酵母を添加すれば二次発酵するが、彼にはできないという。その年はマヴィも輸入できず、次の収穫を我慢して待つしかなかった。
規定が相容れなければ脱退する
2012年のEUオーガニックワイン規定の制定で添加物の使用や加熱処理、ミクロフィルター使用などが認められて、工業的なオーガニックワインが製造できるようになり、大量生産、大量流通が可能になったことで、どこでもオーガニックワインが簡単に入手できるようになった。
従来ベリュウさんは、EUのオーガニック認証と、監査内容が厳しく歴史的にも由緒正しいN&P認証を両方とも取っていたが、工業的なワインもオーガニックワインと呼べるようにしたい大企業寄りの政府に反対して、N&P認証だけしか取らなくなった。同様にメソッド アンセストラルの条件を緩くしたいリムー委員会の考え方も受け入れられず、AOCを返上してしまった。
工業的なオーガニックワインと差別化するため、近年「自然派ワイン」がもてはやされているが、マヴィの生産者は誰も工業的オーガニックワインを造らないので、僕は「自然派ワイン」という言葉を使う必要を敢えて感じていない。ただ強いて言うならば、ベリュウさんは「自然派中の自然派の闘志」だろう。政府が「オーガニック」を認める前から、もちろん「自然派」なる言葉が生まれる前から、一貫して変わらぬ自分の哲学で完全無添加の「ブランケット ド リムー メソッド アンセストラル」を造り続け、規定と相容れないならば脱退するという行動は天晴だ。
ラ ボエーム
AOCを外したことで「ブランケット ド リムー メソッド アンセストラル」から「ラ ボエーム」と名を変えた作品は、どこまでも穏やかで優しく魅力的だ。「La Bohème」とはボヘミアン。世間とは折り合わなくてもいい。ボヘミアンのベリュウさんは一切の妥協を排して、その作品の存在価値を守り通す。
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