
ビベス家、カヴァからコルピナットへ ─ スペインの高品質スパークリングを巡る変革と挑戦
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変わらぬ畑の自然
4月にスペイン・カタルーニャ州のビベスさんを訪問した。前回は2017年6月だから、コロナを挟んで8年ぶり。ずいぶん変わっただろうと思ったが、畑の景色はそのままだ。いや元々70年以上の樹齢のぶどうの樹が、更に1割ほど歳月を重ねていた。

成長した若き当主はDOカヴァを脱退
ビベス家は代替わりしていた。
前回訪問時、すでに体を壊していたお父さんのジュアンさんの下で、息子のギエム君が畑作業の中心だった。そのギエム君は隣に移住してきた歯科医のオランダ人女性マルティナさんと結婚、息子も生まれてビベス家の当主となり、精悍な顔つきの父親となっていたのだ。
そのギエム君が、2023年秋にDOカヴァを脱退するという、耳を疑う選択をした。
カヴァとは?
19世紀スペインに侵攻したフランス軍は、カタルーニャにシャンパンを持ち込んだ。カタルーニャのペネデス地区ではそれを模倣したスパークリングワインが造られるようになった。その後Champan español(スペインのシャンパン)と呼ばれ広まったものだったが、フランスの抗議を受けて1970年にカヴァと改名せざるをえなくなった。カヴァ(cava)はスペイン語で洞窟。地中の穴倉で貯蔵される故の名称だ。
カヴァの産地
DOカヴァは地方をまたいだ下記の地域で造られている。もちろん土壌も気候も違うが、気にしない。
- カタルーニャ州のペネデス
- カタルーニャ州のコムタッツ・デ・バルセロナ
- スペイン北部のリオハ州、ナバーラ州、アラゴン州にまたがるバリェ・デル・エブロ
- スペイン西部エストレマドゥーラ州のビニェドス・デ・アルメンドラレッホ
- スペイン南東部バレンシア州のレケナ
フランスのシャンパンがシャンパーニュ地方だけで造られているのとは全く違う概念のDOだ。フランスならば「シャンパーニュ」以外は「クレマン」というワインタイプ名称を与えて、AOCとは峻別し、クレマン ド ボルドーとか、クレマン ダルザス など、地理的なAOCと組み合わせて用いる。
カヴァと政治
フランス流に言うと、カヴァ デ ペネデス とか、カヴァ デ バリェ デル エブロ とすればわかりやすいと思うのだが、カヴァ自体をDOとしてしまったことはスペインの政治的状況の産物だろう。というのも、バルセロナを中心とするカタルーニャ州では人々はスペイン語ではなくカタルーニャ語を話し、スペインからの分離独立を目指して来たので、マドリッドのスペイン政府は独自性を与えるよりも、むしろ逆の動きをした。
フランコ独裁政権の時代にとどまらず現在も状況は変わらず、カタルーニャ州政府は2017年住民投票が行い、90%以上がスペインからの分離独立に賛成。これに対してスペイン政府は軍隊を送って弾圧、州首相が亡命した。
大手が寡占する低価格カヴァ
カヴァの生産はフレシネ社とコドルニウ社の大手2社が約70%を寡占している。それに続く中堅9社と組合を合わせると90%。そして残るわずか10%を180軒の小規模生産者達が分けている。極めて歪な構造だ。
生産者タイプ | 軒数 | 推定生産量 | 割合 |
大手メーカー | 2 | 約1億7000万本 | 68% |
中堅メーカー | 9 | 約4500万本 | 18% |
組合 | 15 | 約1000万本 | 4% |
小規模生産者 | 180 | 約2400万本 | 10% |
合計 | 206 | 約2億4900万 | 100% |
大手メーカーの生産・流通コストは安い。この低価格こそが、カヴァを世界市場での競争で打ち勝つ存在に押し上げたのだが、当然高品質であるわけがない。
小規模生産者にとっては、いくら高品質なカヴァを造っても、大手メーカーの価格に対抗ができないのが厳しい現実。だからギエム君はカヴァDOを脱退した。そしてカヴァDOを脱退したギエム君はコルピナットに加盟申請、1年半のDOカヴァともコルピナットとも名乗れない無冠状態で審査を受け、ついに2025年4月に認められた。

コルピナットとは?
カヴァ発祥の地、カタルーニャ州ペネデス地方では約160軒の小規模生産者がカヴァを造っている。伝統と品質と持続可能性を重んずる、誇り高いカタルーニャ人達にとって、カヴァの現状は到底我慢できない。
そこで2018年4月に6軒の生産者が集まりコルピナット(CORPINNAT)を設立、2019年、スペイン政府ではなくEUに対して新たなDOブランドを申し立て認証された。その後加盟する生産者が増えてビベス家は15番目だ。
コルピナットの語源
CORPINNATは造語だ。公式ホームページでは次のように説明されている。
この言葉は2つの概念から成っています:COR(心臓)は、スペインで最初のスパークリングワインが誕生した発祥の地であり、130年以上前の歴史を誇ります;PINNATは、語源的な根源であるPinnaeに由来し、ペネデス地方の地名「ペネテンセ」の起源を指します。この地名は10世紀の文書に既に記録されています。このラテン語の形容詞は「pinna」(岩や石)に由来し、Penedèsに適用されると「岩の多い地域」を意味します。
この卓越性の証として市場で販売されるすべてのスパークリングワインは、ラベルの正面中央に「CORPINNAT」のマークを記載し、消費者が容易に識別できるようにしています。
https://www.corpinnat.com/en/the-brand/thebrand
コルピナットの対カヴァ差別化
コルピナットとカヴァの主な違いを挙げてみよう。
- 生産地域:カタルーニャ州ペネデス地方に限定
- 生産形態:自家畑のぶどうを自家醸造して自家熟成
- 農法:オーガニックまたはビオディナミー
- 収穫:手摘み
- 品種:地場伝統品種8種(例外的に4種の非伝統品種を10%まで許容)
- 熟成期間:18カ月以上
カヴァは緩いルールで大量生産を可能にしてきたが、コルピナットは厳しく規制することで品質、伝統、地域性、持続可能性を保証し、ブランド価値を守ることを目指している。シャンパーニュのRMに似ているが、オーガニック栽培や、実質レセルバである18か月以上の熟成を義務付けていることは、ヨーロッパで最先端、トップを目指すDOブランドと言えよう。

コルピナット ブリュットを試飲
認定されたばかりのコルピナットを、ビベス家3代の家族と一緒に庭で試飲した。4月のカタルーニャはまだ暖かいとは言えなかったが、ビベス家の熱気があれば寒さは感じなかった。そしていつも通りの味を期待して口に含んだのだが、あれっ違う。これまでよりもキレがよく、深みもあり、ものすごく美味しい。
ギエム君は相当に腕を上げていた。なにしろトップエリート集団のコルピナットの先輩たちに呉していくには、並大抵ではいられない。この若さでぶどう作り、醸造ともに深い洞察力と研鑽を身につけたということだろう。醸造にはお父さんの指導を仰いでいるとは言っているが、ジュアンさんの経験を継承しつつ、それを超えたのは間違いない。

テーブルに並べてくれたのは、パン コン トマテ、地元のオーガニック豚生ハム、ジャガイモとチーズ入コロッケ、それに羊乳チーズ。すべていかにもカタルーニャらしいタパスだ。しっかりとした味にも深みのあるコルピナットはよく合う。乾杯や前菜だけでなく、食事まで十分美味しくするスパークリングワインだ。
カヴァとは格違いのコルピナット
ビベス家のカヴァ ブリュットは脱皮し、格違いのコルピナット ブリュットへと羽化し、偉大な飛翔を始めた。ギエム君はカヴァよりもずっと高みを目指し、どこまで舞い上がるかが実に興味深い。
ぜひご賞味いただきたい。
田村安
マヴィ代表
著書の「オーガニックワインの本」(春秋社刊)でグルマン・クックブック・アワード
日本書部門2004年ベストワインブック賞を受賞
フランス政府より農事功労章シュヴァリエ勲章受勲
ボルドーワイン騎士Connétablie de Guyenne
マヴィ創立27周年記念オリジナルワイン&桜ロゼ