【第51回】送り出す気持ち
徳島・神山町からお届けする、美味しく、楽しく、気持ちよい「未来につながる日々の暮らし」
徳島県神山町に在住の長谷川浩代さん。自然豊かな神山での生活や、ワインと楽しめるおいしい食のことなど…定期的にこのスペースで色々なお話を聞かせて頂きます。今回は旅立ちの季節、神山町でも将来が楽しみな「雛」たちが元気に新たな世界へ羽ばたいたようです。共同生活の中から得られるもの、他者との関わり方、様々な価値観と触れ合い、日々折り合い方を学ぶ。頭の柔らかいうちに吸収しておきたい術かもしれません。今、大人にこそ求められる姿です。[月2回更新]
■神山「あゆハウス」でも春の旅立ち
雨の後は日差しがぐっと暖かになり、ぽかぽか陽気に外での作業が嬉しくなる、そんな季節に移り変わりつつあります。今町を彩るのは、神山の特産物の1つである梅の花。今年は例年より少し遅いものの、あちこちで開花して心地よい香りを漂わせています。道の駅には文旦やはっさく、不知火(デコポン)などの柑橘やふきのとうがずらり。季節は春です。
それなのに…この春の到来を手放しで喜べない事態が起き、その状況が続いているのは実に悲しいことです。
「春は出会いと別れの季節」ですね。日本では学校や公的機関の年度の切り替わりが3月末であるため、日本人にとっての3月は月の終わり頃から開花する桜の花とともに、何かの終わりや始まり、変化の訪れを感じる月です。この1年携わってきた高校生たちとの暮らしにおいても、つい先日「卒業(卒寮)式」が実施され、この神山町で3年間を過ごした寮の第1期生たちが羽ばたいて行きました。
中学校を卒業したばかりの15歳という年齢で、親元を離れて暮らすなんて、自分が高校生だった時には選択肢にさえ浮かびませんでした。普通に家から通える範囲に選べる高校があったし、スポーツなどで選抜されなければ近くの高校に通うことがごく普通で、山村留学などという概念もなかった。仮にあったとしても当時の私はそれを選ぼうという心持ちにならなかっただろうなと思います。
神山町でも、この寮ができるまでは、通える範囲に住んでいない子がこの高校に進学することはありませんでした。6年前、神山町が打ち立てた地方創生戦略「可能性が感じられるまちづくり計画」の7つの柱の1つである「魅力ある教育(ひとづくり)」が発端となって3年前に新設された寮です。(当時、建物はかつての教員住宅を町が買い上げる形で始まりました。今はその建物のほかに、同じ敷地内に段階的に新たに建てられた棟と合わせて使用しています。)
この寮は、普通に思い浮かべる寮監や寮母さんのいる、学校に通うために寝泊まりするだけの場所とはちょっと違います。「自分たちで暮らしをつくる」ということをテーマにした、言葉を選ばずに言うなら“風変わりな”寮が立ち上がることになったのです。食事や掃除・洗濯などの世話をしてくれる人は存在せず、買い出し、食事づくりや後片付け、個室や共用部分・敷地内の清掃、共同生活におけるルール決め、イベントの実施や参加など、生活の全てを自分たちで考え、決めて実践していくことで運営される寮です。そこに関わるのがハウスマスターという立場で彼らが順調に生活していけるよう、影に日向にサポートする大人。
1期生はその交代でやってくるハウスマスターたちと日々生活しながら、この「あゆハウス」と名付けられた(町を流れる鮎喰川がその名前の由来です)寮を形にしてきてくれた、ちょっと特別な人たちです。中学校から高校へ、まず学校や勉強する事柄も変わり、普通なら学校生活だけでも手一杯になる時さえあるでしょうが、彼らの場合は家(寮)に帰ってもまたさらに実践し、学んでいくことが数限りなくある。一緒に生活するからこそ起きる最高に楽しいこと、面倒なこと、辛いこと、大笑いすること。感情を剥き出しにはできない時もあっただろうし、何もかもぶつけてしまって大喧嘩になったことだってあったでしょう。
■とにかく、元気で。再開が楽しみ!
あゆハウスのルールの中に、「多数決を取らない。最後まで話し合って決める」というものがありますが、問題が起きた時や、気になること、何か決めたい時は全て話し合いをおこなって答えを出していきます。そんな3年間を過ごしてきた彼らが「あゆハウスで楽しかったことは?」と聞かれて、何か目立ったイベントや出来事ではなく「日常生活が楽しかった」と答えていたのはとても印象的でした。
3年前の春、15歳の彼らにはきっとワクワクする気持ち以上に、不安の方が大きかったのではないかと想像しますし、ハウスマスターたちにとってもその責任の重大さは計り知れないものだったに違いありません。手探りでも、とにかく毎日体当たりしてやっていくしかない。そんな毎日を過ごしてきた彼らの卒業の日。同じ春という季節でも、心に去来する想いは大きく異なっていたでしょう。一緒に過ごしてきた在寮生たちとの絆も強くて、そしてそんな彼らを3年間見守ってきてくださった町の方々も本当に温かくて、ここは間違いなく彼らがいつでも帰ってこられる、第二の故郷になったことだろうと思います。
そんな彼らに贈りたいメッセージ。いろんな言葉が頭に浮かんだけれど、最後に行き着いたのは、ただただ元気でできれば笑顔の多い毎日を、大切に、思いっきり思うように生きてくれたらそれで十分ということ。未来と可能性に満ち溢れた人たちを大海に送り出す心境になったのは初めてのことで、こんな体験をさせてもらえたことにただただ感謝しています。
この町をいったん離れる彼らと再会して、語り合える日が今から楽しみです。
(2022.03.04)
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