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今日も美味しく、楽しく、気持ちよく――未来につながる日々の暮らし

【第69回】未知との遭遇

徳島・神山町からお届けする、美味しく、楽しく、気持ちよい「未来につながる日々の暮らし」

徳島県神山町に在住の長谷川浩代さん。自然豊かな神山での生活や、ワインと楽しめるおいしい食の話など…定期的にこのスペースで色々なお話を聞かせて頂きます。今回は忙しく過ごす中でのつかの間の息抜き、ちょっとした小旅行へ。その中で出会ったとある街並みや古い建築物から感じたことなど。場所を移動し、いつもと違う体験や光景を目にすると適度な刺激になり幅も広がりそう。実感を伴うという言葉は耳には簡単に聞こえますが、日々の生活の営み、時間の積み重ねとも言えそうです。[月2回更新]

■久しぶりに味わった、ゆっくりとした時間

いよいよ12月。今年も残すところあと1ヶ月となりました。

急激に冷え込んできましたが、今年はこんなに暖かい12月を迎えたのは初めてかも、と思うほどに例年よりずっと暖かい11月を過ごしました。いつもの年なら、11月頭の文化の日前後に展覧会が行われるアーティストインレジデンスの頃から薄手のダウンを着たり、セーターが主流になっていくのに、今年は12月に入るまでダウンジャケットが登場する機会もありませんでした。過ごしやすいのはとても助かりましたが、大丈夫なんだろうかと気になってしまうのも事実です。

11月の強風で落ち葉が絨毯のように

11月の締めくくりは、コロナが一番の理由だけれどお互いのタイミングもなかなか合わなくて、気づいたら4年も会っていなかった画家の友人の個展に出かける旅へ。海を渡って本州までプチトリップに出かけました。

四国から本州へは、明石海峡大橋、瀬戸大橋、そして自転車に乗る人にはサイクリングでも有名なしまなみ海道と3つのルートがあります。徳島から本州に渡る場合は、行き先によってどのルートを取るかを決めますが、一番近くてよく通るのが明石海峡大橋。今回もその橋を通って、兵庫県のたつの市という目的地を目指しました。ドライブ好きな人なら車でも余裕で行ける距離なのですが、高速も、知らない道も苦手な私は最後までどっちにするか悩みながら、結局バスと電車の旅を選びました。車内で読み始めた本が面白かったし(おかげであまり景色を見られなかったけど…)、ローカル線の雰囲気もよかったのでちょっとした時間の制約は気にならずに十分楽しめました。

直前まで料理の仕事がびっちり詰まっていて、訪ねる町のことを事前に調べる暇が全くなくて予備知識ゼロで訪れたたつの市という町。そもそも旅の目的が友人の個展と友人に会うことだったから、正直場所については何も考えてもいなくて、仮に時間があったとしても調べないまま出かけた可能性が高いのですが、古い木造の家や、昔からの美しい街並みが保全されたとても素敵な場所でした。特に重点的に保全されていると思われる地区は、ゆっくり散歩しながら回るのにちょうど良い広さ。お天気も良かったので、すごく気持ちのいい街歩きになりました。

老舗の和菓子屋さんです

駅から歩いて、まず出会ったのが薄口醤油で有名なヒガシマル醤油。関西出身の私は小さな頃からよく目にしていたメーカーなので、想定外の出没にまずびっくり。そうしたら、ヒガシマル醤油だけでなく、いくつもの醤油蔵が残っていてお醤油の町だったことがわかります。醤油を醸すのに必要な麹屋さんも当然のことながら残っていて、時代がタイムスリップしたかのようなお店の佇まいは時間の流れもゆるやかになっているような気がしました。

ブリキの看板や木の看板が良い風情

醤油に並んでそうめんも、たつの市の産業の1つで、こちらもお馴染みの揖保乃糸があり、全く想像していなかったけど、よく知っているものの誕生の地に遭遇して不思議な気分を味わいました。赤とんぼの歌詞を始めとするたくさんの歌詞を残した三木露風の生家もあって、地元の有志が資料を作り、ガイドする形で運営されていて、ご苦労も多いだろうけれども住民の想いでそうして守られていることにも感銘を受けました。

こちらは古い建物を生かしてカフェに

昔からずっと続いてる和菓子屋や麹屋、道具屋などがある一方で、その建物を生かしたカフェやレストラン、本屋さんや雑貨屋さん、手作りの革靴のお店などが入り混じり、意外と日曜日は閉まっている店も多くて少し残念ではあったのですが、外から眺めるだけでもそれなりに楽しめました。古い建物に使用されている材や、建物の特徴なども気になるし、建物を生かして今はかつての頃と違う使い方をされているものは、その使い方の工夫も面白く。神山町に移り住んで、自分でもちょっとしたDIYなどをするようになって、目に見えてくるものも変わってきたなあと自分の変化も興味深かったです。

そしてもちろん、友人との再会も個展も素晴らしいものでした。特に私が訪れた日はその日限りの特別なイベントが用意されていて、能の舞をごく間近で見せてもらえたのです。終了後は懇親会もあって、これまで全く縁のなかった能の世界の方にお話を聞かせてもらえたことはとても新鮮で、そして何より、観客として来られていた方の恐らく半数以上がお稽古として能を習っておられるということには、本当に驚きました。

確かに日本舞踊も習えるのだから、同じく伝統芸能である能も習えて当然なのかもしれませんが、一種の家業というか、その家に生まれた人にのみ触れられる世界であり、その中で完結しているイメージを持っていました。ところが実際は誰でもが飛び込める世界で、実際に飛び込んでおられる方の姿を目にして、相変わらず知らないことだらけだなあとまた気づかせてもらうことに。

能が舞われた広間、机と椅子が取り払われ、建具も開け放って、縁側で謡の人が歌い、板の間で舞が行われました。美しいお庭は舞台の背景さながらに景色を作っていました

知らない街を訪ねて歩き、さらには普通に過ごしていたのではすれ違うこともない世界の人たちと交流したこの2日間は、自分の日頃動いていない感覚がたくさん刺激され、使わない脳がフル稼働していた気がします。旅の醍醐味であり、効用ですね。自分の本拠地を深く知る喜びも大きいですが、未知との遭遇もまた違った喜びだなあと改めて感じ入っています。

(2022.12.07)

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