【第48回】捨てられないもの
徳島・神山町からお届けする、美味しく、楽しく、気持ちよい「未来につながる日々の暮らし」
徳島県神山町に在住の長谷川浩代さん。自然豊かな神山での生活や、ワインと楽しめるおいしい食のことなど…定期的にこのスペースで色々なお話を聞かせて頂きます。今回は出会った頃の衝撃や思い出などがまだずっと残っている「大事なもの」の話です。皆さんにも初心に戻してくれたり、刺激を与えてくれる古くからのもの、ありませんか?ワイン紹介は寒い冬にもぴったり、オーストリーのボリューミーな白と冬食材のコロッケです。[月2回更新]
■大切に取ってある、30年前のある冊子
大寒に入り、寒さがいよいよ厳しくなってきました。この時期は、桜の頃とは反対に、神山がもっとも静かになるとき。町外から町に来られる人も減り、町内で見かける人さえも少なくなる印象です。田畑も春〜秋に比べると物理的にできることが減るのでずいぶん静か。森だけが伐採に適した時期なので、林業や剪定などに携わる人は忙しく動いておられるようです。
引っ越しや大掃除、思い立っての断捨離、あるいはそんな大袈裟じゃなくともちょっとした整理や片付けの際にずっと捨てられないものってありますよね。写真や学生時代のもの、いつか使うだろうと思っているようなもの、等々ジャンルは多岐に渡ります。その中で、ずっと大事にとっていて、捨てられない小さな冊子が1つあります。
今改めて見返してみると、小さな冊子と思っていたそれはB6版で50ページありました。
当時の福武書店から新しい雑誌が創刊されるということで、その宣伝のために作られた冊子です。調べてみると創刊は1991年5月。(その小冊子に発行年度が書かれていなかったのですが、インターネットがあってよかった。30年前のことが一瞬にして調べられるのですから。)私はたぶん大学生協の書籍コーナーか、レジあたりに積まれていたこの冊子を何気なく手に取ったのだと思います。当時通学に電車、地下鉄、バスを乗り継いで京都から大阪まで通っていたので、毎日往復の車内では山ほど時間がありました。実際に車内で読んだのか、学校だったか家だったのかまでは全く覚えていないけれど、とにかくインパクトがすごかった。
まず1回最後まで読んで、あの話はもう1回という形ですぐにいくつかの話を読み返していました。それは、『カルディエ』という雑誌が誕生することをお知らせするものなのですが、表紙に書かれているのは、「こんな人はカルディエを読まないでください。」という大胆なキャッチコピー。
中を開くと、一体これは何?というページ全体に広がる写真の中に、「心にケガをしたことのない人。」という一文。続いて、ページをめくると国際日本文化研究センター助教授(当時)井上章一さんという方の、その一文の意味するところが含まれるコラムがあります。そのような形で、見開き1ページに大きく写真もしくはイラストとともに「○○な人」という一文があり、次の見開き1ページでコラムが展開される仕様。コラムを書いている人も大学教授もいれば、劇団の主宰、写真家、マーケティングプランナー、スポーツ選手、女優、コピーライターなどさまざまな職業に就いている老若男女(著者の年齢が書かれているわけではないですが、文面から想像できます)。ページごとにデザインやフォントも大きく違っていて、これ自体は小冊子に過ぎないのだけど、社会人をずいぶんやってきた私には、この小冊子とその後展開する雑誌にかける編集長や編集部員の熱い想いがビシバシ伝わってきます。でもなんといっても大切で素晴らしいのは30年経っても1つも色褪せない、今読んでも心に響く中身のお話。
「金の斧も銀の斧も欲しがる人。」「目に見えるものしか見えない人。」「幸せに気後れする人。」「“こんちくしょう”と思ったことのない人。」「男と女、根っこは同じ、と思えない人。」「年をとるのがこわい人。」「恥をかかない人。」「おばさんを許せない人。」「まだ男と張り合っている人。」「すぐ答えを欲しがる人。」「“自由”がこわい人。」という12個のコラムが収められています。当時は男女雇用機会均等法が施行されて5年、“女性総合職”という言葉もまだ世の中に馴染んでおらず(今ではそんな言葉は必要なくなりましたね!)、その位置付けで採用される人もまだまだ少なかった頃。現代も男女格差については常に取り沙汰されますが、それでもあの頃を思えば、隔世の感があります。そこにはこうしたメディアによる働きかけも一役買っていたのでしょうね。表紙は焼けて色がはげてたりしますが、やっぱり捨てられない大切なものです。創刊した雑誌は手元にも記憶にもないのに、この小冊子だけはずっと持っているんです。それくらい熱意のこもった仕事だったんだろうと思います。当時のこの冊子を作ってくれた方々に今でも大切にしているよ、ありがとうございますって届けたいです。
■里芋コロッケと厚みのあるグリューナー白ワイン
さて、新年1本めのワインは、オーストリアはマントラー家から。
オーストリアでもっともポピュラーなグリューナーフェルトリーナー種から造られたワインですが、マントラー家は畑の区画が細かく分かれており、同じグリューナーフェルトリーナーであっても味わいは畑ごとに違います。今回味わったレステラッセン2018年は、グリューナーフェルトリーナーと思って飲んだら「えっ?」と驚くほどの厚みや深みのある1本。キレがあるのに余韻も長く、爽やかさや酸味も兼ね備えながらボリューム感もあって、白だけれど満足感の大きな1本です。
今回は、里芋のコロッケと合わせてみました。茹でた里芋をつぶして、炒めたたまねぎと里芋の3分の1量くらいの、里芋より少しゆるい程度の硬さにしたホワイトソースを混ぜ込んで、クリーミーなコロッケに仕上げました。中には角切りにしたゴーダチーズを忍ばせて、でも肉類は追加せず。衣のサクサク感と里芋のねっとりクリーミーな感じがボリュームのあるこのワインととても良い感じに合わさりました。
友人たちが持ってきてくれたパルマのプロシュートや、ブッラータとトマトのシンプルなサラダにも応えてくれるこの1本。鮭を使った石狩鍋なんかにもとてもよさそう。冬も大いに愉しませてくれる白ですね。
(2022.01.26)